当たり前の話ですが、鰹節の原魚は鰹です。ですから、鰹節の善し悪しは先ずは原魚の善し悪しで決まります。昭和40年代前半までは殆どの鰹節が日本近海でとれた鰹から出来ていたので、三陸でとれた鰹は脂が多すぎて鰹節には良くないとか、小笠原付近の鰹は脂が少なすぎて鰹節になっても味が薄いとか、引き縄と呼ばれる漁法でとれた鰹は鮮度が良すぎて鰹節になっても旨味が少ないとか言う話でした。ところが、流通の変化、飲食店の増加等の理由でお刺身用の鰹の需要が爆発的に大きくなり、鰹節の生産地には近海の鰹の水揚げが少なくなりました(お刺身用の鰹の方が鰹節用よりも高く売れるのです)。例えば、高知県は土佐清水に水揚げされる近海の鰹は近年ほぼないに等しい状態です(土佐市清水では宗田鰹を節に加工しています)。結局は、遠洋漁業による「凍結された鰹」がはるばる日本まで運ばれ鰹節に加工されています。
ここでは、近海、遠洋を含めた漁法による違いからでてくる原魚としての鰹の種類とその特長を説明します。
1.近海
日本近海で一本釣された鰹に水氷をかけて港に着くまで鮮度が保たれる鰹です。明治時代初期の近海の鰹は浜から見える程の近海でとれていたのですが、魚群が徐々に遠のきはじめ浜から見える程の近海では現在はとれないようです。基本的には一本釣りされてから一日程度で陸揚げされる鰹を近海と呼んでいるようです。近海といってもつれた場所や時期で魚質が異なるのですが、我々が近海物と呼ぶ鰹は、程良い脂肪分を持ち、鰹節製造に理想的な魚質と鮮度を保持している鰹を指します。ですから、いわゆる戻り鰹は近海と言っても鰹節にはなりません。一般的に「初鰹」と呼ばれている鰹と同様の魚質の鰹を近海と呼ぶと思ってください。
この近海の鰹を鰹節用に手に入れるのは大変です(金に糸目をつけなければ私が築地で買って産地に送るのですが、そんな高い鰹を使った鰹節は1Kg当たり3万円のレベルになってしまうので誰もかってくれません)。鰹の価格も相場ですから、年に何回かは暴落します(たまたま市場が休みの時とか)。そんな時を狙って製造家に仕入れてもらいます。
苦労して手に入れる近海の鰹なんですが、昔のように製造すると失敗します。今の近海の鰹はお刺身用にとってくるので、昔の近海に比べて鮮度が良すぎるのです。鮮度がよすぎると鰹のタンパク質がイノシン酸に分解されないで鰹節が出来ちゃうんです。私は何とか近海の本節を毎年仕入れたいと思いここ数年いろいろやっているのですが、現代風の近海鰹を如何すれば昔風の鰹節の味が出るように研究している熱心な製造家がいないと上手いこといかないのです。
長くなって申し訳ありませんが、理想的な近海の鰹を上手に鰹節に製造すると、ふっくらとして丸みを帯びた小太りの仕上げ節が完成します。この辺はオンラインで説明は出来ないので、だしオフの際には実際に現物を見せて説明しようと思います(ものの本に鰹節の見分け方がたまに出ていますが、読んだだけで見分けは殆どつきません。ご希望があればその辺の話もします)。
2.南方一本釣
南方沖で一本釣りされた直後に、一尾ずつ急速冷凍して船内に保管された鰹です。南方と言っても広う御座います。アフリカでとれた鰹なんかも日本に入ってきますが、とりあえずはインドネシアあたりを思い浮かべてください。南の海は水温が高いので、鰹の脂肪分が近海物に比べて少ないのが特長です。脂肪が少ないことは鰹節には良いことなんですが、少なすぎると味が薄いのです。よく極端に薄く削ってあるピンク色をした花かつおがありますが、脂肪がすくなければ少ないほど薄く削れて色もピンク色になります。見た目がきれいすぎる花かつおはこの脂肪が極端に少ない鰹が使われていて味が薄いことがありますので覚えておいてください。南方一本釣の鰹は一尾一尾凍結するので、鮮度が良いのです(鮮度よ良い鰹は格好が良い鰹節になります)。近海の鰹が手に入れにくい現在では、脂肪分が程良い南方一本釣りの鰹が鰹節には最良です。
3.巻網
南方沖で巻網船とタグボートにより仕掛けられた大がかりな網で一度に50トンから100トン程度漁獲され、まとめて急速冷凍して船内に保管される鰹です。一本釣りは海面近くを回遊する鰹のみを漁獲するのですが、巻網の場合は水深200メートル付近を泳いでいる鰹も捕ってしまいます。巻網の鰹は一本釣の鰹に比べ、魚質や鮮度にバラツキがあり、総じて品質的に劣ります。鰹を急速冷凍する為の冷凍液をブライン液と言うのですが、塩分が多く含まれています。鮮度の悪い鰹をこのブライン液に入れて凍結すると塩分が鰹の中に浸透してしまいます。たまに塩辛い花かつおがあるのですが、これは鮮度の悪い巻網の鰹が原魚になっている鰹節です。(海水には塩分が含まれています。でもお刺身は塩辛くありません。生きている魚には塩分は浸透しませんが、死んでしまえば話は違います)
以前、「にんべん」さんの研究所で近海の鰹、南方一本釣りの鰹、巻網の鰹の細胞の断面写真を見せてもらいました。ものの見事に3者とも違うのです。同じ鰹なんですが、凍結の方法(凍結するしないも含め)の違いから細胞の構造が違ってくるそうです。当時「にんべん」さんは解凍方法を研究して近海の鰹のような細胞組織にするべる努力をしたのですが、結果はどうにも出来ないそうです。
ちなみに、南方一本釣の鰹の方が巻網に鰹に比べ、淡泊質が多くイノシン酸に分解されるそうです。
4.輸入の鰹
今までは日本船が漁獲して日本に運ばれてきた鰹の話でした。鰹は世界中でとれるので、外国で漁獲され凍結されて日本に輸入される鰹も当然あります。外国に偏見はなののですが、総じて日本よりも設備が整ってないためですとか、一部の地域ではのんびりした国民性の為、輸入の鰹は鮮度が悪いものが多いのです。
ついてですので、海外で生産されている鰹節の話をしましょう。インドネシアでは相当量鰹節が生産されています(当然、すべて日本に入ってきます)カビをつけた鰹節は日本に輸入出来ないので、当然、荒節の生産となります。人件費が安い国で作れば相当安く鰹節は生産できますが、日本で出来た鰹節のようには出来ません。先ず、カシなどの固木がインドネシアあたりでは手に入りません。焙乾に使っている木は現地で調達できる鰹節には不向きな木になってしまいます。次に品質管理が今ひとつの状態のようです。
皆様方が普段使っている鰹節の原魚が近海なのか、一本釣りなのか、巻網なのか知る手だてはありません。しかし、流通している鰹節の価格はいろいろあります。価格差が生じる原因はいろいろありますが、なんと言っても原料価格の差が一番です。元々の鰹の種類によって原料価格は大きく変わります。加工食品に規格はありません。ですから安かろう悪かろうが一番起こりやすい商品なのです。加工食品の価格の違いは何か理由があることをご理解いただければ幸いです。